日本の問題 2

 

日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがない。だから、日本人には意思 (will) がない。

意思の無い人には能動がない。受動ばかりであって能動がない。

‘やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず'  山本五十六 (やまもと いそろく) 

それで、被害者意識があって加害者意識がない。罪を知らない人間に謝罪を要求すれば自虐を強要したことになる。だから、日本人の謝罪には心に達するものがない。

加害者意識が無ければ、罪もない。それで、個人は深刻な反省には至らない。わが国には、贖罪の為の宗教 (キリスト教) も必要ない。日本人の宗教には、儀式があって教義がない。日本人には作法があって意思がない。

自己の意思を示せば、当事者か関係者になる。示さなければ傍観者にとどまる。わが国は世界の中にあって、世界に属していない。わが国は、孤高の国か、独り善がりか。

 

日本人には意思がない。意思の無い人には責任もない。ちょうど、死刑執行人のようなものである。彼らは、人が死んでも殺人罪に問われない。彼らには殺意というものがないからである。

責任のない人には信用がない。民信無くば立たず。(論語・顔淵) 兎角この世は無責任。

政治哲学を持たない政治家たちには信ずるものが何もない。未来社会の内容に合意するものはなく離合集散を事としている。哲学の内容は政治の目的、政党政治はその手段である。無哲学・能天気の国民には、手段の目的化は避けられない。

 

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調している。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」

全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。非現実 (考え) の内容は、文法上の時制 (tense) のある文章の内容になる。

歴史に関する考えは、歴史哲学になる。政治に関する考えは政治哲学、宗教に関するものは宗教哲学、科学は科学哲学、人生は人生哲学、などなど学問になる。だが、家族に関する考えだけは哲学にならない。

日本人のインテリから私は何度も ‘哲学とは何ですか’ と尋ねられた。きっとその人は、大学において自己の哲学を卒業論文として発表してこなかったに違いない。

‘(略) しかしいったん、大学に入れば、控えめに表現しても、成績と出席の基準はたるんでいる。大学を含め、日本の子供たちが習うものごとの中核は、主として十八歳までに吸収される。’ (フランク・ギブニー氏) 

 

非現実 (考え) の内容は、時制のある文章内容になる。非現実の内容は、それぞれに独立している非現実の三世界 (過去・現在・未来) の内容として表わされる。この内容は、世界観 (world view) と呼ばれるものである。

世界観は人生の初めには白紙の状態であるが、白紙の状態は誰しも気になるものである。だから、日ごろからその空白を個人的な内容で補充している。

思春期になれば、言語能力が著しく発達するので、人は ‘考える人’ (the thinker) になる。この時期が英米人の大学進学への適齢期になり、自己の哲学を作る時期になる。

高等教育機関で自己の哲学を作成して学士号を得る。さらに哲学を作成して修士号、博士号を得ている。アメリカでは、学校の先生を長く続けるには修士号が必要であり、研究者になるには博士号が必要である。

各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy. 自己の世界観 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、その人は批判精神 (critical thinking) の持ち主になれる。

日本語の文法には、時制というものがない。だから、日本人には世界観がない。それで、批判精神もない。個人の脳裏に構築すべき世界の内容 (哲学) の枠組みがないから、大学に入学しても学習作業がはかどらない。

英米人は日本語を話していても、自己の意思を表すことができる。彼らは自己主張の内容が頭の中にできていてゆるがない。我々も英米人の如くやれば、自己主張が可能になることが予測できる。

我々日本人も日本語と英語を良く学び、英語の時制の大切さを十分に理解して個人の内容を高めよう。その内容を公表して広く賛同者を獲得しよう。さすれば、国際的に協力者を得て未来社会の建設に貢献できる。だから、我々日本人の未来は明るい。

 

 

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