いい点 2/2

 

> [“いい点”を取るためだけの人生]

>「勉強して、いい大学を出て、いい会社に入れば幸せになれる」この日本で今なお信じられている、人生の幸福論の一つだ。

 

‘いい’ とは何か。それは、序列社会において高い順位を得ることでしょうね。

 

>お金と余裕とを沢山手に入れるために、お給料が少しでも高い会社に入り、そこで一生懸命働く。>それが人生の黄金ルートであり、揺るがない「幸せのカタチ」。

 

本当の極楽の姿ですかね。

 

> 昔から「いい点」をとることだけは得意だった私は、この価値観を信じるのに何の疑問も抱かなかった。

 

そうでしょうね。日本語には、階称 (言葉遣い) というものがあります。’上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断がおろそかにすると、日常的な日本語会話もままならない。そのうえ、日本人の礼儀作法は序列作法になっているので、序列判断 (上下判断) が疎かであっては ‘礼儀正しい日本人’ にもなることもできません。

‘人を見損なってはいけない’ という想いが高じて強迫観念の域にまで達しているので、我々は気疲れのする日常生活をすることになります。我々は、絶えず ’頑張って’ とか、’お疲れ様’ とかお互いに声を掛け合って励まし合っています。

 

>そうやって親や先生の言うように一生懸命勉強して、結果として偏差値が60を超える、所謂「いい大学」にも入学することが出来た。>しかし、そうした過程を経ていざ大人になってみると、幸せなどどこにもなかった。

 

あなたの ‘あるべき姿’ は、どのような内容ですか。各人に哲学は必要である。Everyone needs a philosophy.

人生に関する考えは人生哲学になる。宗教に関する考えは宗教哲学になる。政治に関する考えは政治哲学になる。などなど。

 

> 「みんな頑張っているから」と、「それが社会だ」と言われて日々馬車馬のように働かされ、しかし与えられるのはスズメの涙ほどの給料……。

 

日本人には意思がない。受動ばかりで能動がない。被害者意識ばかりで加害者意識がない。だから、恨み節ばかりになる。このような精神状態では未来社会の建設には役立たない。 

 

>もちろん残業代なんて無し。>時間的な余裕などどこ吹く風で、毎日が家と会社を往復するだけの日々。

 

求めよ、さらば与えられん。Ask, and it will be given to you.

 

>休みの日でさえ、会社から仕事の連絡が来る。>しかし一度でも「辛い」「苦しい」と声を上げれば、たちまち周囲から「情けない」「みんな頑張っているんだから」と批難される。

 

横並びの序列競争ですね。わが国は、序列社会でできていますからね。我々は序列の枠にはめられて生きている。

 

>希望をもって進める場所も、逃げられる場所もなく、毎日ただ心をなくした木偶人形みたいに生きる毎日。

 

序列人間は、序列から外れてはその意味を失いますからね。

 

> 「いい点」を取り続けた私が手に入れられたのは、そんな人生だった。

 

そうでしょうね。それ以上でもなければ、それ以下でもない。それが正真正銘の序列人間の人生ですね。

 

>[最高のエリートも、脱落すれば異端者]

>同世代で、私よりも「いい点」をとっていた人でさえそうだ。>有名なところで言えば、電通に勤めていた高橋まつりさんがその筆頭に挙げられよう。>学歴も、容姿も、就職した会社もトップクラス。

 

‘トップ・トップ’ で日本人は踊っていますね。

 

>そんな「人生の黄金ルート」を順風満帆に歩んでいたはずの彼女は、しかし、労働の恐怖に押しつぶされて自らの手でその命を絶ってしまった。> 驚いたのは、そんな彼女に対して >「根性がない」 > 「これだからゆとり世代は」 > 「もっと働いている人もいる。 >この程度で音をあげるなんて情けない」と非難する声がかけられた事だ。 >正直、聞く耳を疑った。

 

馬車馬の人生は日本人の理想となっていますね。

 

>自ら死を望んでしまうほど追い詰められた人間にかけられた、心無い言葉、容赦ない死人への鞭打ち。>「思わず笑いが出てしまうほどの恐怖」とは、こういうもののことを言うのだと思った。

 

わが国のような無哲学・能天気の社会では、人生哲学にも意味はありませんね。

 

>勉強でも、就活でも、「いい点」を取ろうと誰よりもまじめに頑張ってきた彼女は、しかし、一度そこから脱落したことで「死後なお責められる異端者」となってしまったのだ。

 

無哲学・能天気の恐ろしさですね。序列万能の世界ですね。

 

>こうした実情を目の当たりにする中で、私は思う。>この国の人々は、「労働の家畜」にされることに慣れきってしまったのだ、と。

 

家畜にも社畜にも意思がない。’求めよさらば与えられん’ と教えても、日本人には自己の ‘あるべき姿’ の内容を求める意思がない。

 

(略)

 

 

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