統合理論
(略)
> 実現論000705にも次のように記されています。
>「万人を導く統合理論も、志ある人々の協働によって、進化しつづけてゆくべきものであり、その為にはこの統合理論はあらゆるイデオロギーから脱却し、確かな事実だけに立脚した科学的な理論体系でなければならない」
イデオロギーとは、歴史的社会的に制約された考え方ということであれば、日本人は日本語の構文の枠内に制約されているイデオロギーと持つということになりますね。だから、我々の脱却も難しい。
> 「近代観念を見限って、予知や宇宙人やアセンション等の超常情報に収束している観念思考者たち」は、人間中心、自分中心の視点にしか立てません。
近代観念とは、個人・自由・民主主義などの事ですね。
>それは自分の、あるいは自分たちの思想や理想につじつま合わせをした理論でしかありません。
全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。矛盾を含まない文章は、すべて正しい考えを示している。考えの内容は人様々であるから一つではない。正解も幾らでもある。
>宗教もしかりです。>だから宗教の数だけ教祖が存在し、世界は決して一つになれません。
考えは非現実の内容であり、人それぞれですね。ですから、一つにはなれませんね。
>しかし科学だけは違います。
科学も同じでしょう。科学は科学哲学 (非現実) ですね。自分の考えに都合の良い事実だけを選び出して辻褄を合わせて見せるものですね。矛盾を指摘された考えは捨てられて新しい考えに変えられます。ですから、科学は限りなく進歩する。
>本当の科学は、自己を滅却して(自分の感情や思想や理想などを取り払って)自然を解明しようとするものです。
自分の考え (非現実) がなくては、自然 (現実) の解明はできませんね。科学は個人の考えに基づいています。
>科学だけが「あらゆるイデオロギーから脱却し、確かな事実だけに立脚」できるものです。
先入観は必要ありませんが、考え (洞察力) の内容は必要ですね。
>だから最終的には万物をつなぎ合わせて一つにしてくれます。
考えは人人により違いますからね。正解は一つではない。幾らでもある。
>世界を一つにしてくれる可能性を秘めたものは科学だけです。
事実は一つです。それに対する人の考えは幾らでもあります。だから科学は進歩する。
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