派閥の連合政権 1/2

 

>354356 特殊な集合体「自民党派閥」の変遷と実体  >匿名希望          20/03/08 PM05 【印刷用へ】 

>かつての自民党は、派閥の連合政権であり、党内で政権争いをしていると言われました。  

 

そうですね。わが国の政治家に政治哲学がない。 ‘我らは何処に向かうのか’ の疑問に答える人がいない。

'どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、日本にはほとんど存在しない。' (カレル・ヴァン・ウォルフレン)  

 

> 1990年代は、その構造的体質から来る腐敗や金権政治が蔓延し、結果として国民の信頼を失い、小選挙区制が導入させるに及んでその力は大きく減衰しました。 

 

日本人には非現実 (考え) というものがない。だから日本人は、現実にトコトン執着し、処世術を駆使することになります。  

 

>しかしその後の政治は、劇場型の大衆迎合政治が横行し目先的な人気取りに走る政権が乱立します。

 

民主政治下の政治家には人気が大切ですからね。   

 

> 昭和の政治史を彩った、長期的な国益と強烈な指導力を発揮する巨大な政治家は、その後現れていません。  

 

日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思 (will) がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。生きる力が不足している。困った時には他力本願・神頼み。

' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)    

 

>かつての派閥政治とはどのようなものだったのか。 >その功罪は何か。

 

日本人は、思考停止の状態にある。だが、議員は序列 (派閥) に名前を連ねれば、語る内容は序列の領袖が用意してくれる。だから、あとは受け売り専門の人となるだけでよい。この場合、自分の考えはあって無用のものである。これは楽ちんである。これがわが国の政治の現状である。  

 

> 「iRONNNA」さんの記事を紹介します。 >リンク

>(前略)

>  自民党の派閥といえば、中選挙区(後述)時代は一つの政党に匹敵するぐらいの力を持っていて「領袖」と俗称される派閥トップへの就任が総裁へのステップだった時代もありました。

 

そうですね。

 日本語には、階称 (言葉遣い) というものがある。’上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断無くしては日本語の会話は話せない。かくして、’ものの上下’ の考えは人間序列 (派閥) への観念と発展する。  

‘上と見るか・下と見るか’ の判断には、勝負の成績が用いられる。敗者は、敗者の態度により礼を正さなくてはならない。だから、下位の者は恥をかく。これはわが国の ‘恥の文化’ の始まりである。今日では、偏差値なども都合の良い序列判断の資料となっている。

日本人の礼儀作法は、序列感に基づいている。だから、序列のない外国においては、日本人は礼儀なしである。

礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の表れに過ぎない。個人的精神的な意味合いがない。だから、日本人の尊敬にも浅薄さが付きまとう。

日本人は奥ゆかしい(深い考えがあるようにみえる)。実は、奥 (考え) がない。だから、その中身は浅薄である。

 

>そこで、自民党の派閥とはいかなる歴史があり、実体はどうなのか?について、改めて振り返ってみます。 

 

考察の価値がありますね。  

 

> 【今いくつある? 自民党の派閥】

>  「派閥」は非公式で私的な集団で主に自民党内のグループを指します。 >一般の会社でもよく「派閥」という言葉が用いられますが、事務所まで設けて独自活動するケースはみられないので「自民党の派閥」は特殊な集合体です。  

 

派閥は序列の一形態ですね。わが国は序列社会で成り立っていて、万世一系天皇から子供社会のガキ大将まで縦割りの構造になっています。   

 

>  また「派閥」はたいてい表向きは政策集団を装っていて対外的にはそちらの名称を名乗るのが普通です。  

 

そうですね。しかし、人間序列が存在すれば、その看板は内容とはそれほど関係がありませんね。  

 

>岸田派の「宏池会」のように。多くは定例会を木曜日に開きます。  

 

序列関係にある者同士は、お互いに日本語の言葉を交わしやすいですからね。こうした環境においては、部外者は自然に阻害されます。だから、我々は島国根性になりやすい。  

 

> (中略)

> 【主な派閥の歴史とそれぞれのカラー】

> 戦後の2保守政党であった吉田茂氏が率いた自由党鳩山一郎氏の日本民主党が1955年に合同して自民党が誕生しました。 >派閥の源流は吉田系と鳩山系、および日本民主党の前身にあたる改進党の三木武夫氏の流れが加わります。 >吉田系(自由党系)の後継が後に首相となった池田勇人氏と佐藤栄作氏の池田派と佐藤派。 >鳩山系(日本民主党系) 

 

 

.