希望を持てない国 

 

>360041 豊かで、安全で、教育水準も高いけれど、若者が希望を持てない国。それが日本。

>ぐみん ( 25 会社員 ) 20/09/10 AM10

>日本財団が世界9カ国で9000人の若者を対象に実施した「18歳意識調査」で、日本は「将来、国が良くなる」と考えている人が1割以下にとどまり、「自分の力で国や社会を変えられる」と考える人も2割に満たなかった。

 

意思のあるところに方法 (仕方) がある。日本人には意思がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制というものがないので、日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。生きる力が不足している。困った時には神頼み。

' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)

 

>世界第3位の経済大国でありながら、希望もなく、社会を変える意欲もない若者像が浮かび上がる。

 

非現実 (考え) の内容は、英語では時制のある文章により表される。非現実の内容はそれぞれに独立した三世界 (過去・現在・未来) の内容として表される。その内容は世界観と言われている。世界観は、人生の始まりにおいては白紙の状態である。人生経験を積むにしたがって、各人がその内容を埋めて行く。

自己のその内容 (非現実) を基準にとって現実の内容を批判すれば、その人は批判精神の持ち主になる。批判精神のない人の文章は、ただ実の内容の垂れ流しになる。

  

 

> 「国の将来について」は、G7(先進7カ国)構成国である米国・英国・ドイツも、「良くなる」と答える人は少なく、先進国に共通の傾向だ。>しかし、日本の少なさは群を抜いている。>一方で、中国では96.2%が国の将来を前向きに捉えており、「悪くなる」と回答したのはわずかに0.1%だった。> 「解決したい社会課題がある」と答えた人は日本は46.4%で最下位。 

 

日本語には時制がない。だから、日本人には世界観がない。そして、日本人には批判精神もない。マスコミも現実を垂れ流す。だから、個性がない。本人にも相手にも何を考えているのかわからない。だから、相手からも信頼されない。協力者が得られない。社会に貢献する度合いが限られる。

 

>「将来、良くなる」とは思わないけれど、差し当たって、解決すべき課題もないのは、無気力なのか、恵まれている証拠なのか…。

 

日本人とってお変わりのないことが何よりなことです。 

日本語には時制がないから、過去・現在・未来の非現実の三世界に関する内容は想定外になっています。日本人には ‘我らは何処から来たか’、’我々は何者であるか’、’我らは何処に向かうのか’ といった哲学的命題は想定外になっています。日本人は、飽くまでも無哲学・能天気の状態にとどまっています。  

 

> 「自分で国や社会を変えられると思う」若者は2割以下で、断トツの最下位。2番目に少なかった韓国の半分以下だ。「課題について積極的に議論している」人も極端に少ない。

 

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there’s a will, there’s a way. 日本人には意思がない。

 

>なぜなら、日本の若者は「自分を大人だと思う」人が3割に満たず、「責任ある社会の一員だと」自覚する人も半分以下なのだ。

 

日本人には意思がない。意思の無い人には責任がない。ちょうど死刑執行人のようなものである。人は死んでも彼らは殺人罪に問われない。彼らには殺意という意思がないからである。

意思の無い世界には、西洋流の責任も無い。イザヤ・ベンダサン=山本七平訳の<日本教について>の中で、日本語の責任について述べられています。

‘、、、、、「責任」という日本語には、「応答の義務を負う=責任(レスポンシビリティ)」という意味は全くないのみならず、「私の責任だ」といえば逆に「応答の義務がなくなる」のです。、、、、’ (引用終り)

‘兎角、この世は無責任’ という事か。

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調しています。

「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきてもらえるような言語環境 (つまり単語のやりとりだけで意思が通じ合う環境) では、国語力は育たない。、、、、、、ながいセンテンスをきっちり言えるようにならなければ、大人になって、ひとの話もきけず、なにをいっているのかもわからず、そのために生涯のつまずきをすることも多い。」  

 

> 社会に対する意識は薄くても、せめて、将来の夢があれば前向きな気持ちで生きていけそうだが、「将来の夢を持っている」人も最下位。8割を超えていないのは日本だけだった。> 人生100年時代。希望も夢も持たずに生きていくには長過ぎる。  

 

日本人の頭の中では、過去は幻、未来は夢となる。どちらもとりとめのない内容であるから早く忘れた方が良い。日本人はううつ (現) だけで生きている。     

 

> 「なぜ、希望が持てないのか?」と問われているのは、若者ではなく、日本社会なのかもしれない。

 

そうですね。見ることのできない内容は嘘 (非現実) である。我々日本人は、嘘つきにはなりたくない。   

 

 

 

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